昨年のクリスマス、ジェームス・ブラウンが亡くなりました。
 
 僕はJB自体をちゃんとベスト盤でもアルバムでも聴いた事が無く、その影響を受けたスライやマイルスやプリンスとかのほうを熱心に聴いてた人間です。もちろんその偉大さは百も承知しているものの、そんな状況でしたのでJBの死にはさほどショックを受けませんでした。
 
 とはいえ、これを機会にちゃんと聴きたいなあ、と思ってた矢先、TOKYO-FM系で日曜2時からやってる山下達郎サンデー・ソングブックで、2週にわたりJB特集が。
 
 特集冒頭、達郎さんはこう言いました。
 
「私にとって、ジェームス・ブラウンは人生最高のシンガーであります。『お前が好きなシンガーをたった一人あげろ』と言われれば、私は迷うことなく『ジェームス・ブラウン』と」
 
 それだけに特集は気合が入った物になります。JBの評伝はたくさん出てることから、達郎さんは曲間に説明を入れず、CMだけを挿んで、「JBが一番脂がのっていた64年〜72年の曲」をノンストップでかけ続けました。「ジェームス・ブラウンが一番喜ぶ追悼特集になると思う」と考えて。
 
 1週目の1/21は64〜69年の曲を、55分番組で12曲。相変わらず音も抜群。むちゃくちゃ気持ちよかったです。いままで僕が聴いて来たいろんなミュージシャンの表現手法が、本当にここに詰まってるなあ、ということを、一個一個の音のフレーズやJBのシャウトから感じましたね。「あー、もっと早くJBを聴いておけばよかった!」と後悔しました。冗談抜きで、大学生ぐらいまでに聴いてれば、人生変わってたかも。
 
 今度の1/28は70〜72年の曲がかかります。まだJBを知らない人、必聴ですよ。

2007-01-26 18:08 この記事だけ表示   |  コメント 0

 2007年、最初の大会取材は全日本キックの1月4日の後楽園大会だった。
 
 会場に着く。カメラの入った荷物をリングサイドの撮影場所に運ぶ。背もたれの無い不格好な木のイスに腰をかけると、もう若い選手たちの前座の試合は始まってる。今年1年もまたこの場所で、いくつもの喜びと悲しみの絶頂の両極端の瞬間を間近で眺め、このカメラにおさめることになる。
 
 その両極端の典型のような試合が、この日のメインで繰り広げられた。勝者の山内裕太郎選手は、ハイキックで最初のダウンを奪った後、相手の望月竜介選手の頭を肘で切り裂き、続けざまにパンチを当て、2度目のダウンを奪った。僕の目の前に倒れた望月選手の頭からは、大量の血がボトボトと噴き出し、青いマットに落ちる。立ち上がった望月選手だが、結局パンチの連打で3度目のダウンを奪われKO負けを宣告される。するとリングの頭上からは大量の紙吹雪が落ちて来る。その時の撮ったのがこの写真だった。
 

 
 1年の最初に、この光景が僕の目の前に出現し、カメラにおさめられたこと。それに自分にとって良い事なのか悪い事なのかわからないが、何かが僕の心に突き刺さったようで、時々魚の小骨のようにチクチクと痛む。

2007-01-24 22:17 この記事だけ表示   |  コメント 4

 このブログでも何度か登場している、「格闘クリニック」関係の2商品を、本誌のオンラインショップで販売開始しましたので、紹介させていただきます。
  
  
 一つ目は本「格闘選手から学ぶ 医学的カラダ自己改善トレーニング」です。これは格クリ主宰の二重作拓也ドクターが、医学的な根拠に基づくトレーニング法と解説している本。
 文字中心の本なんですが、説明が親切で、具体的エピソードも豊富なので、堅苦しい感じがなく、楽しみながら極意が学べます。
 K-1でお馴染みの新田明臣選手が推薦文を寄せ、モデルはJ-NETのエースの西山誠人選手が務めてます。ちなみに巻末等にあるハイキックの写真は、本誌提供のものです。
 新書サイズですので、通勤通学の電車の中でも手軽に読めますし、拳の握り方なんてのは、電車の中でも実践できちゃいます。あ、でも、電車の中で隣の乗客が鬱陶しくても決して実戦はしないよう…。
 詳しい内容や章立ては、オンラインショップの販売画面を実際ご覧下さい。送料込みで600円で売ってます。昨日の発売開始から注文が殺到してます。うちの主力商品になりそうな気配です。
   
   
 あともう一つは、商品とはちょっと違うのですが、「斗和ちゃんファイト!チャリTシャツ」といって、シュートボクシングやDEMOLITIONに参戦経験のある鈴木亮司選手の生まれたばかりの娘さん、斗和子(とわこ)ちゃんの心臓手術費用をサポートするためのチャリティ商品です。
 写真モデルはグレイシャア亜紀選手。胸にπの文字があって、背中に円周率の数字の羅列が書かれています。
 上記の西山選手、新田選手のほか、寒川直喜選手や、なんと“ブラジルの子連れ狼”マルフィオ・カノレッティ選手までもチャリティに協力しています。日本人3人は格クリでメディカルトレーニングを受けている選手です。カノレッティ選手は、新田選手とブラジルで戦った縁で親しくなり、二重作ドクターがS-CUPの試合の時にもコンディショニングをしてましたね。
 こちらも詳しくはオンラインショップの販売画面をご覧下さい。もちろん収益と募金は責任をもって鈴木選手にお届けしますのでご安心下さい。
  
  
 ほかにも本誌のオンラインショップでは、格闘技のDVDを中心にいろんな商品を扱ってます。最近の人気は全日本キックの20周年ベストや、PRIDE無差別級GPのDVDですね。ちょっと前は修斗や大月選手のベストものがよく売れました。
 あと、何気に打撃系(キック・空手・ボクシング)の教則DVDも充実してますんで、二重作先生のトレーニング本と一緒に買っていってもらえるとうれしいですね。
 長々と宣伝してすみません。次回から通常のコラムものに戻りますので。

2007-01-20 22:55 この記事だけ表示   |  コメント 4

水曜日の夕方、東京の渋谷109の角のところで、PRIDE男祭りの公開記者会見が行われました。
その模様はバウレビで既に記事にしたのですが、ジェームス・トンプソン選手のTシャツ破り→投げの連続写真がうまいこと撮れてたので、海賊版に載せておきます。






周りの関係者の表情も様々で、立場と性格が現れてますね。
「ど、どうしたのよ?」とばかりにびびってたじろぐ高田本部長。
榊原代表の表情からは「頼むからこれ以上ファンをヒートさせないでくれよ〜。警察が監視してるんだから〜」と困った様子が感じられなくもありません。
吉田選手は対戦相手の野獣への豹変ぶりに目が点になってしまってますね。
ノゲイラ選手はトンプソン選手と距離があるせいか、「脱いで、え、投げるんだぁ、へぇ〜」って感じで、比較的落ち着いている様子。
でもそんな中、一人ショーグン選手だけ、終始「やるねぇ」とばかりに妙に冷静でにこやかな感じです。

その後の記念撮影でも、トンプソン選手は上半身裸でしたが、最後の「見に来いや!」ではTシャツを着ていました。

2006-12-28 11:35 この記事だけ表示   |  コメント 6

 毎日のように大みそか興行関連の取材に出ており、このブログの更新が滞っているうち、いつのまにか1周年を迎えていました。
 いろんな取材先でもこのブログに対し好評のお言葉をいただいており、うれしい限りです。これからもご愛顧のほどよろしくお願い申しあげます。

 さて、1周年一発目のネタは、いきなり他力本願で恐縮ですが、イープラスの担当者さんが運営されている「ブログ押忍」の桜木裕司選手インタビューを紹介します。
 MARS横浜大会に向けての意気込みを語る内容なんですが、それよりもインパクトがあるのが、大みそかのDynamite!!でジャイアント・シルバ選手と戦う曙選手の話です。
 公開練習でも、佐山聡さんと一緒に練習していましたが、このインタビューではもっと具体的な証言が桜木選手からなされています。

 「曙のジャブが速い」「リズムが読めない」そうです。「横綱とスパーリングしたあとほかの選手とスパーすると、その選手を遅く感じて」って、かなり驚きの証言ですね。
 まあ、総合格闘技の試合で、なおかつ規格外のサイズの選手同士の戦いなんで、ジャブが活かせるかどうかは微妙なところですが、大晦日前に秘かに気になっている話題なのでした。

2006-12-25 22:20 この記事だけ表示   |  コメント 0

 たまには気楽な話題で。最近、事務所で息抜きの時によく聞いてたCDを紹介します。マシュー・スウィートとスザンナ・ホフスのデュエット・アルバム「アンダーカバー Vol.1」です。

 これは90年代前半に「ガールフレンド」というヒット曲を出したマシューと、80年代にヒット曲を連発した元バングルスのスザンナが、60年代のロックの(隠れた)名曲をカバーしたアルバムです。ピーター・バラカンさんの番組で紹介され、一発で気に入りました。
 こういうアルバムは、下手すると単なるナツメロ大会か、マニアックに走りすぎるか、いずれにせよ自己満足に陥る危険性があるのですが、二人の選曲と歌唱力、マシューの演奏力がキワキワのラインを維持しており、最近のミュージシャンが60年代風の新曲を作ったような、みずみずしさで満ちているのです。

 特にいいのは、ザ・フーの「The kids are alright」、ビートルズの「And your bird can sing」、ニール・ヤングの「Cinnamon girl」、ビーチボーイズの「The warms of the sun」あたりでしょうか。
 フーのこの曲は、原曲も無茶苦茶有名でカッコよくて、このカバーもほとんどそのまんまのアレンジなんですけど、二人がハモって唄うと妙に新鮮。ビートルズの曲はBメロの二人の掛け合いが心地よい。この曲のリフって、ビートルズのいろんな曲の中でもかなり好きな箇所です。高校時代に聞いたユニコーンの「素晴らしい日々」の元ネタだと知ったのは、ずっと後でした。
 このビートルズの曲もそうですけど、「シナモン・ガール」もマシューのギターのカッコ良さが再確認できる曲です。ビーチボーイズの曲は、マシューの一人多重録音コーラスが、山下達郎もビックリするぐらいの完コピでして、マシューの多才ぶりを際だたせます。
 マシューの魅力は、大衆性を維持したカッコいいオタク性とでもいいましょうか。そういえば若かった頃は、うる星やつらのラムちゃんのタトゥーを腕に入れてることで話題になりましたね。格闘技界でいえばジョシュ・バーネットに似た存在かもしれません。

 「アンダーカバー Vol.1」の日本盤はトレジャーミュージックという会社から出ています。原盤のHPマイスペースでじっくり試聴できますよ。
 

2006-12-02 11:21 この記事だけ表示   |  コメント 0

 うひゃあ、もう12月ですわ。
 格闘技マスコミ(の大半の人たち)が一番忙しい月がついにやってきてしまいました。ご多分に漏れず僕も今月は非常に忙しくなります。

 といっても、今日はその件で書きたいわけじゃなく、このブログに関する緊急のお知らせです。
 過去の記事に関し、コメントとトラックバックが廃止されていますが、コメント欄は後日必ず復活させます。
 最近、トラックバックのスパムが大量に来るようになり、防ぎきれなくなっていましたので、トラックバックの方は過去の記事も今後の記事も全て廃止することにしました。
 ところがシステムの都合で、コメント欄の方も一時的に休止になっております。
 復旧迄、しばらくの間ご了承下さい。

2006-12-01 23:57 この記事だけ表示   |  コメント 4


 昨日の記事で書き忘れていましたが、23日のNJKFは前座も好内容でした。大会前のカード紹介でもちょっとだけ書いたように、今回の前座はホープが並んでおり、彼らが期待通りにいい試合をしてくれました。

 ライト級の大和哲也選手、フェザー級の赤十字竜(あかじゅうじ・りょう)選手、ウェルター級の健太選手は、みんなまだ二十歳未満。3人ともローキックを効かせて勝ちましたね。大和選手と健太選手は左ボディも良かった。うまく両方使ってて、僕好みの選手です。
 デビュー以来5連勝の赤十字選手はローで倒しに行かず、バックスピンキックとバックブローで仕留めに行ってたのがカッコよかったです。しかも入場曲は「少林サッカー」のテーマ。SBの宍戸大樹選手を意識しているのでしょうか。父親は向山鉄也・キングジム会長。キック版・ヒクソン親子ですね。赤十字選手のローの鋭さと(冒頭の写真がそれです)、静かな目つきからあふれる闘志からは、昭和の匂いが漂います。
 この3人と大学1年生でフェザー級暫定王者になった久保優太選手を加えた4人は、ルックスも強さも兼ね備えており、明日のキック界を担う主力になるでしょう。久保選手は今回出ませんでしたが、弟の久保賢司選手が第1試合に登場。兄のように背は高くなく、彼はフライ級で、2試合連続KO勝ちです。

 それ以外でも在日タイ人のレッガラー・鉄(てつ)選手(20歳)はフェザー級にも関わらず、ライト級の選手とほぼライト級の61kg契約で戦い、負けたけど果敢に挑んでいたのが印象的でした。今年デビューして8試合もやってるから凄い。
 彼らより年齢は少し上の26歳ですけど、バンタム級の前田浩喜選手も、この日勝って8戦7勝1敗に。サウスポーで左の蹴りがいいですね。あいにく、対戦相手の“殴り愛”美保裕介選手のド根性とヤラレっぷりの方がインパクト強かったですけど。

 今年のNJKFは桜井洋平選手の復活、久保選手と米田貴志選手の躍進が目立ちましたが、その後に続く選手もこの日の大会でまとめて観られたのが良かった。数年前の全日本キックで、小林選手や大月選手の前座で、元気・真弘・優弥・平谷選手あたりがいい試合をしていた頃をふと思い出しました。

2006-11-27 19:58 この記事だけ表示

 ここ2か月近く、海賊版の更新が隔週ペースに落ち込んでしまっていました。
 詳しく書けませんが、僕は私生活が影響し、バウレビ本体以外に注ぐ余力がありませんでした。本庄君は別の仕事の都合で書く時間が無い状況。僕は「何か書かないと」と焦る日々を送っていましたが、焦ってばかりいても何も始まりません。

 そういう時は原点に戻り、去年にこのブログを始めた時に書いたことを再確認し、普段見た大会でレポートに書ききれなかった“余熱”をこっちのブログに持って来ることにしました。
 そうしてこっちで生まれたエネルギーを、バウレビ本誌のエネルギー、そして僕自身の生きるエネルギーのプラスにしたいです。内容的にそんなに凝ったものは書けないこともあるかもしれませんが、当面はご容赦を。


 ということで再始動一発目は、11/23(木/祝)のNJKF後楽園大会です。キックの4団体とフリーの選手が集まって開催されたトーナメント「真王杯」は決勝戦。

 60kg級は桜井洋平選手がディープインパクト級の独走で優勝をもぎ取りました。
 例えれば、PRIDEの無差別級GPに、ミルコとノゲイラがいない状態ぐらいの頭の抜け方でしょうか。洋平選手は最近不調でしたから、アレキサンダーぐらいの実力かなぁ、というのが下馬評でしたけど、高額賞金と日本人相手なら不思議と負けませんね。
 じゃあミルコとノゲイラは誰?ってことになると、60kg界隈なら全日本の元気選手と真弘選手のW山本と石川選手、新日本の石井選手か菊地選手あたりかな。NJKFのホームリングという地の利の良さもあったでしょうけど、先述の5選手が参加していたとしても、今回の洋平選手に勝つのはかなり大変なような気がします。

 55kg級のNJKFの米田貴志選手と全日本の藤原あらし選手の試合は、物凄くドラマ性のある展開でした。
 サウスポー対決と思いきや、あらし選手がオーソドックスで攻める奇策で成功。と思いきや、最終ラウンドの倒れ際に米田選手の飛び膝をもらって大逆転負け。
 反則だと抗議したあらし陣営が、全日本の宮田興行部長らと共に赤コーナーから退散したのを尻目に、リングに上がったNJKFの藤田真理事長は笑顔。真王杯の大会会長という中立な立場とはいえ、喜びは隠せません。そしてあらし選手が表彰式になかなか姿を現さないと、理事長は「おい、あらし、賞金あげないぞ!」と勝ち誇ったようにマイクで話し大ウケ。

 米田×あらしは、久々に団体交流戦ならではの、勝者と敗者の明と暗のコントラストの強い試合でしたね。その直後に洋平選手は余裕の優勝を果たしますし、前日のMACH GOGOトーナメントでもNJKFのTOMONORI選手が全日本の魂叶獅選手に勝利し優勝。つまり3つのトーナメントをNJKFが制したことになります。
 2005年はIKUSA GPで1位と2位を独占したり、小林×大月ムエタイとの対抗戦で盛り上げたりと、全日本キックの年だった印象でしたが、2006年はNJKFの年でしたね。
 たしか今年で81歳?の藤田理事長は、今大会限りで理事長職を辞め、OGUNI GYMの斎藤京二会長にその職を譲ります。理事長のラストイヤーとしてはベストの締めくくりでした。

 とはいっても全日本というライバル団体がいたからこそNJKFも光り、全日本も今年は名勝負&名企画ワンサカだったわけで。両団体の凌ぎ合いは2007年もキック界を盛り上げるでしょう。K-1やPRIDEしか見てないあなた、今の全日本とNJKFは見ておかないと大損です。見れば格闘技の楽しさが2〜3倍膨らむことを僕は保証します!

<追伸>
 NJKFの速報を書くにあたり、サムライTVのキック情報バラエティ番組「キックの星」での真王杯2試合の速報が助かりました。あいまいなフィニッシュシーンがビデオのおかげでよくわかりました。9時過ぎに終わった大会を、AD鈴木君が大急ぎで編集して、10時からスタートした番組の後半にオンエア。いい仕事でした。
 まだ見てない方も、今度の木曜まで再放送をやってるので、サムライのHPでスケジュールをチェックして下さい。
 あと、Windows2000/XP 以上のユーザーなら、準決勝の4試合はYahoo!動画で無料観戦できます。

2006-11-26 12:54 この記事だけ表示   |  コメント 2

 12日の全日本キック後楽園大会で、小林聡選手が引退を表明した。小林選手の話を聞くためバックステージに入ると、廊下には既に人がごった返しざわざわとしていた。
 それはいつもの大会後でもよくある光景だが、空気の沈み方がいつもと違う。

 フジテレビのSRSのリポーターの西山茉希さんが、ビデオカメラを持ち、この日勝利した大輝選手に明るく元気にインタビューをしていた。皆が控室の中の小林選手の動向を気にしている中、実に空気の読めていない所作ではあったのだが、これも仕事だから仕方ないと同情する。
 すると控室から、小林選手が頭にタオルをかけて出て来て、西山さんらの横を通り過ぎて行った。顔がわからないので、小林選手だと気づかない人も多かったようだ。どこに行くのかと何人かの記者と追いかけると、シャワー室とトイレの横を通り過ぎ、医務室に向かっていった。右まぶたの傷口を縫うためだ。
 そのとき撮ったのがこの写真だ。原則として医務室にマスコミは入れない。小林聡を見たのは、今のところこの場面が最後だ。

 僕が小林選手を初めて生で見たのは、00年1月21日の後楽園ホール大会の金沢久幸選手との試合の時だった。筑波での学生時代に後楽園ホールに何度か足を運んでいたが、記者としてここに来たのはこの大会が初めてだった。97年から99年まで大阪の実家に戻り、バウレビの大阪での取材を手伝っていた僕は、00年の正月が明けるとともに上京。本格的な記者活動のスタートとして取材したのがこの大会だった。
 当時はキックボクサーのことをほどんど知らなかったせいもあり、試合のことは何も覚えていない。ただ、大会の直前に主催者控室で行われた、魔裟斗選手の突然の試合放棄に関する緊急会見が、(当時の僕にしてみれば)なぜだかわからないが異様にピリピリムードだったこと、3回戦のリングサイドで撮影の練習を急にやらされ、どこかのジムの会長らしき人に邪魔者扱いされたこと、大会後にバウレビの他の記者と食事に行き、感想を聞かれ「面白かったです」とありきたりな返答をすると、井田編集長から「どこが面白かったか具体的に言える癖をつけるように」と叱られたこととか、周辺の細かいことばかりが記憶に残っている。

 その後6年間、小林選手は37試合を戦った。そのうちどれほどの試合を生で見たかは定かではないが、おそらく僕が一番多く試合を見たキックボクサーは、小林選手か武田幸三選手のどちらかだと思う。その見た数の分だけ、バックステージに戻る二人を追いかけた。武田選手はいつも物静かで淡々としているが、饒舌な小林選手は、喜怒哀楽のバリエーションが豊富だった。
 そして昨日の最後の試合。リング上でファンに向け引退を表明して言葉を発したが、バックステージでは何も語っていない。師匠の藤原敏男会長も、引退の意志を事前に知らされていなかったこともあり、この日は小林選手にはコメントをさせなかった。
 だが、仮にこの日、小林選手のコメントを聞けていたとしても、いったいどれほどの意義があるのだろう?と、今にしてみれば思う。もちろん、引退という考えに至った経緯や事情の細かい部分には興味はあるし、小林選手の生の声で理由を確かめたい気持ちは今でも強い。しかし小林選手のこれまでの戦いの歴史を知っていれば、小林選手がこのタイミングで引退を決意したこと自体、何ら不思議なことではなかった。小林選手が言葉で説明しても、おそらくそれは理由の再確認と補足説明の域を出ないであろう。もっとも、まだ公にされていない重大な怪我等があれば話は別だが。

 上に載せた写真の背中が、足取りが、薄汚れたサンダルが、右拳に残ったバンテージが、全てを語っているような気がする。何かは僕もうまく表現できない。記者生活6年。僕は小手先が器用になっただけで、まだ3回戦ボーイから脱せていない。

2006-11-13 23:35 この記事だけ表示
 
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。