西部戦線異状なし[井原芳徳]
 「PRIDE戦線予定ナシ」 これは格闘技通信の最新号の表紙のキャッチコピーです。このフレーズは「西部戦線異状なし」という第一次世界大戦のドイツ軍の青年志願兵を描いた小説(新潮文庫。映画化されています)の題名が元ネタです。バブル時代に織田裕二主演の「就職戦線異状なし」という映画もありましたが、何かとネタにされやすいということは、よくできた邦題だということの裏返しともいえましょう。

 僕はこのレマルクの「西部戦線異状なし」という小説に大きな感銘を受けました。主人公のとある青年が、学校の教師の扇動で志願兵となり、地獄のような日々を送り、クラスメイトがみな次々亡くなっていきます。最後はついに主人公が戦死するのですが、その日は全戦線において穏やかで静かだったことから、軍の司令部は「西部戦線異状なし、報告すべき件なし」とだけ母国に伝えた、というのが、非常に大ざっぱなあらすじです。
 社会に対する個人の悲しいまでの軽さ、社会的な理想論や観念や常識と個々人の抱える現実のギャップ、個が社会に振り回され無意識のうちに破壊される様を描いており、それから100年近く経った現代の日本にも通じる話です。
 それは改憲とか集団的自衛権(他衛権と言ったほうがいいような…)の議論が、実際の戦場や現場の自衛官に起こっていることを直視していないような形で進んでいるから、というのも一つの理由ですが、それよりも、この小説は反戦小説という分類に簡単におさまらないから、というのが大きな理由です。

 この小説の冒頭にはこんなメッセージが書かれてあります。

「この書は訴えでもなければ、告白でもないつもりだ。
 ただ砲弾は逃れても、なお戦争によって破壊された、
 ある時代を報告する試みにすぎないだろう。」

 戦場に行く兵士に限らず、私たちも、自分たちの人生の辛い出来事を振り返る時、そういったどこか冷めたスタンスがあると思います。「訴え」や「告白」といった紋切り型では片付けきれないモヤモヤ感がつきまとっており、そういうスタンスで書かれたからこそ、この作品は強力なリアリティを発揮しています。過労やノルマにより鬱に追い詰められるサラリーマンや、社会の建前の中で何か居心地の悪さを感じているOLにとっても、身近な物語として感じられるのではと思います。


2007-06-30 23:15 この記事だけ表示   |  コメント 4

コメント

、自分でもこれまで思いつきもしなかったようなフレーズでその選手を表現することで、ディレクターさんやデザイナーさんが意外なアイデアやデザインを返してきたりと、ジャムセッションのような化学反応が起こる楽しさもあります。シンガーソングライターがアイドルに詩や
(2012-04-05 16:52)
。「この選手の何が凄い?何が個性?」ということを、簡潔でいてインパクトの残る形で紹介しないといけないので、脳味噌の中でもい
(2012-04-05 16:55)
ほとんど無いことも想定しないといけない上、文字数も限られています。「この選手の何が凄い?何が個性?」ということを、簡潔
(2012-04-05 17:02)
する文章は、これまでばうれびでも専門誌でも山ほど書きましたSだと、格闘技を全然知らないか、普段そんなに見ない人が対象です。選手やイベントの予備知識はゼロか
(2012-04-05 17:06)

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