オマエの胸のソレはアレだろう?[井田英登]

 ちょっと前に海外に出ていた時の話。

 アメリカの比較的大きな街に居て、その日オフだった僕は町中をぶらついていた。特に観光のつもりもなく、ただの散歩程度のブラブラ歩きだったので、これといって行く宛もない。ダウンタウンを冷やかし、ちょっと買物をして、小腹が空いたので、露店で買ったホットドックを片手に公園に入った。

 ところがこの公園、ちょっとガラのよろしい場所だったようで、入り口にサングラスを掛けて非常にガタイのよろしい警備員のような方がいらっしゃる。この、きちんと茶色の帽子を被っていかめしい制服を着た初老のガードマン氏が、さっきからこっちにやたら鋭い視線を送って来るのだ。…つってもサングラス越しなので、視線と判断すべきなのかは正確にはわからないが、要するにこっちをじっとマークしていらっしゃるのである。

 確かに小綺麗でバラの花壇のあるような、そのおとなしい公園で、スキンヘッドのゴツいひげ面の東洋人ってのは、多少異彩を放ってたとは思いますがね。でも、いわれも無くじーっと犯罪者予備軍みたいに睨まれる筋合いはない。

 気分が悪いので、こっちも睨み返していたら、おっさんがツカツカとよって来るではないか。ちょっとヤバかったかしら…。内心冷や汗をかきながら、こうなりゃままよとおっさんの到着を、何食わぬフリで待ち受ける。なーに、いきなり殴られるってこともあるまい。話せば判るさ…でもちゃんと話せるかな…こうなると己の英語力の乏しさが酷く気になって来る。内心腰砕け状態で居る僕に、拳の射程距離に入ったおっさんが、いきなり指を突きつけて来るではないか

『オマエ、そのマークはアレだろ…U、U、なんつった? えーっ』

 はっと、おっさんの指差す我が胸元には、地球を跨いで拳を振り上げるハゲ男のマークが敢然と輝いている。そう、その日僕が着ていたのは、我がTシャツコレクションの内でも最も自慢の逸品でもある、UFCとアパレルメーカー「BAD BOY」がたった一回だけ開催されたブラジル大会のために作った記念T。ZUFFA運営となるより遥か昔の、1998年に作られた代物なのであります。さすがにブランド品だけあって、月一ペースぐらいで着ているのに未だにほつれも、プリント剥がれも無い。その逸品の胸に飾られた、かつてのUFCのマスコットキャラが、このイカツイオヤジの記憶を揺さぶったらしいのですな。

 既にこのマークが使われなくなって、幾久しいというのに。当時のUFCはやはり別格。リアル喧嘩の生中継暴力ショーとして、スポーツファン層を飛び越えた大人気を誇っただけのことはあるのですな。こうやって、今でも覚えている人がいるんだから。

『UFCだよ、アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ』

 そう言ってやると、おっさんがイカツイサングラスの下で相好を崩したのがわかった。
『あのジュードーみたいなやつが居ただろう。あれは幾つDegree(度)があるんだ? 奴はスゴく強かったぞ。やっぱり黒がいいのか』

 おっさんの言う“奴”とは、間違えなくホイス・グレイシーのことだろう。初期UFCを支えたグレイシーの伝説は、今も全然色あせる事なくこんなところで生きているのであった。最近ホイスのUFC復帰戦が、近年希に見るPPV視聴数を叩きだしたらしいが、それは彼らのような記憶を抱えている層がTVの前に集結した結果かもしれない。
『白、青、紫、茶、黒とあってね。彼は世界で二番目に強いと言われてた』

『二番か? 一番は誰だ?』

『自分の兄貴が一番強い、って彼が言ったから、彼の兄貴だってことになってね』

 そう言うと何がおかしいのか、オヤジは大笑いしてこう言った。
『多分、その兄貴はスゴい金持ちだったんだな』

 なるほど、そう言う意味か。

『そうだね。彼の兄貴は貧乏だったんだが、日本で三つ試合をしただけでホントに大金持ちになったよ』

 すると、彼は派手に口笛を吹くと、肩をすくめてすたすたと歩き去っていってしまった。みんな金持ちには弱いらしい。
 

2006-07-23 02:53 この記事だけ表示
 
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。