王はどこだ?[井田英登]

 その日は、いにしえのスペインの田舎侍のような迷妄に取り憑かれたらしい。

 とある興行を取材するつもりで、夕刻水道橋に足を運んだのだが、後楽園ホールの入り口でふと自分の犯した間違いに気がついた。ーーあまりにロビーが閑散としている。いわゆる格闘技系プロイベントの賑わいが全く無いのだ。受付のテーブルも無ければ、グッズ売り場もない。

 ただ、ホールの方からは観衆のどよめきだけが聞こえる。

 よく見ると「関東学生ボクシング大会」というモノクロのポスターが、一枚だけ入り口に張られている。どうやら会場を間違えたらしい。では、俺の行くべき場所はどこだ?

 車に戻って、微かな記憶を呼び戻そうと努力する。

 その大会は極端にリリースが少なく、ばうれび編集部にも大会開催のお知らせすら貰っていない。ただ、若干開催にあたってのトラブルが話題となったため、その実態を確認しておこうという気持ちがあって取材に出て来たのだが…。勝手にそのイベントの想定される規模と同日開催の他イベントの配置関係から、後楽園ホールに間違えないと思い込んでしまっていたのだ。完全な準備不足というか、手抜き。

 だが、東京でこの手の中規模以下の会場と言えば、あとは数カ所に絞られる。その日、新宿Faceは別団体が使っているのが判っていた。なら六本木のベルファーレ、お台場のドリームメーカーもしくはZepp TOKYO、さもなくばディファ有明か。まさか大森のGOLD GYMってことはあるまい。

 となれば確率的にいってもお台場に足を運ぶのが一番効率がいい。大急ぎで車を湾岸方面に流す。幸い週末の都心は気持ちいいほど車が少なく、二十分もしないうちにレインボーブリッジまで着いてしまった。

 使用団体の少ないドリームメーカーは、後回しでいいだろう。まずZeppの裏手に回ってみる。ここは道路沿いに楽屋口があるので、イベントがあればそれなりの人の出入りが見える。だがこの日のZeppにはその気配無し。やはりディファか。

 そのままZepp裏をスルーして台東方面へ。モノレール沿いに北上すればすぐディファだ。コイン駐車場に車をツッ込んで、小走りでディファに走る。後楽園撤退からまだ一時間過ぎていない。通常のイベントならまだ後半が見られるはず。

 だが息を切らせてたどり着いたディファのロビーは、既に扉が開放されて、受付にも人もテーブルもない。あれ?ここも学生ボクシングか?

 いやいや、そんなはずはない。エンテランスにはぽつぽつと居残りらしい観客の姿がある。慌ててホールに入ってみると、既にリングは空っぽで、リング屋さんが後片付けに入っているではないか。カードすらロクに発表されなかったそのイベントは、なんとエキシビジョンを含めて全五試合しかマッチメイクされておらず、一時間弱で終了してしまっていたのであった。

 見事な肩すかしを食らって、僕は会場を後にした。これから新宿に行けば、裏番組のメインぐらい見れるかもしれない。微かな希望を胸に再び車を都心に向ける。…その直後、気を利かせたつもりで突入した首都高で一時間近い渋滞に巻き込まれるであろうことを、この時の僕はまだ知らない。

 まあ、そんな日もあるさ。
 

2006-07-18 02:04 この記事だけ表示
 
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