アメリカ掲示板の嫌われ者[シュウ・ヒラタ]

 アメリカの総合ファン、そして選手たちの間では大切な情報交換の場となっている、「格闘技サイトの掲示板」に、ある有名なキャラクターがいる。
 彼のハンドルネームは「ワンマン・ギャング」。
 元レスリング選手で、高校生のときはオールアメリカンにも選ばれたと自分でいっているらしいが、真実は定かではない。
 総合戦績は自称1戦1勝。しかもこの試合、聞いたこともない小さな小さなローカル大会でのタイトルマッチだったらしく、ワンマン・ギャングくん、掲示板に登場するときは、必ずこの時に獲得したチャンピオン・ベルトを腰に巻いた自分の写真付きなのだ。
 そう、奴は究極のエゴイストなのだ。
 けどワンマン・ギャングくんが投稿する写真、これはこれで結構面白い。
 ベルトを巻いたままスパーリングしていたり、ベルトを肩にかけてバーカウンターでビールを飲んでいたり、ベルトを頭の上にのせ両手にブロンド美女を抱えてふん反り返っていたり。
 でも投稿する内容がスラング満載のひとりよがりなものばかりだから、選手たちの間では酷評どころか、機会があったらニーでも一発顔面に喰らわしたろうか!と思われているほど、嫌われ者ナンバーワンなのだ。
 



 
「あいつ、ワンマン・ギャングじゃねぇか?」
 UFCウェルター級でも活躍していた元士道館の空手家デイブ・ストラッサーがわたしに聞いてきたのだ。
 3月4日にアトランテック・シティーで開催された「MFC 6 - Boardwalk Blitz」大会後、選手たちの宿泊先トランプ・タジ・マハール・ホテルのバーでのことである。
 デイブにいわれて細長いバーカウンターの端のほうをよーく見てみると、いるではないか、ワンマン・ギャング!間違いない!
 何と奴はここでもベルトを腰に巻いていたのだ!


 そのときプロモーターや選手たち15人ぐらいと飲んでいたのだが、わたしの隣に座っていた女子格闘家のタラ・ラローサ(写真)が、思いっきり感情のこもった口調で、ほんと、それこそ腐った食べ物でも吐き出すかのようにいったのだ。
「わたし、あいつの事、大嫌いなのよ!もう、見る度に、バシッ!と一発かましたくなるの!」
 タラがそういうと、ワンマン・ギャングくん、こちらを振り返り、我々のほうにむかって歩いてきたのだ。
 もちろん、ベルトを腰に巻き口の端に煙草をくわえながら。

 我々のいたところからバーカウンターまでは距離があるし、バーには音楽がガンガン流れているんだから、いまのタラのコメントが奴の耳まで届いた筈ないんだけど........。
 ワンマン・ギャングくん、我々のところに寄ってくるとまず馴れ馴れしくデイブに「今日の試合はよかったよ」といって握手を求め、そのあとわたしの方をみると「シュウだろ?おれがワンマン・ギャングだ」と手をだしてきたのだ。
 「よう」と適当に握手をすると、ワンマン・ギャングくんは他の選手たちに「ビール奢らせてくれ」。しかし選手たちは全員「ノー・サンキュー」。
 その場の雰囲気とうのがてんで読めないワンマン・ギャングくんは、オッケーというと、また自分の仲間がいるバーカウンターに戻っていったのだ。

 するとタラがすかさずわたしに「ほらね、あいつは女性に対してのリスペクトがないのよ。わたしとロクサンなんて無視じゃない!?」
 確かにワンマン・ギャングくん、タラだけでなく、隣に座っていた、ついさっきタラと激闘を繰り広げたばかりのロクサン・モダフェリにも一瞥もくれなかったのだ。
 そこで、ちょっと面白いかな、と思ったわたしは「タラ、カウンターまでいっていきなりフライング・ニーをあいつの顔面に喰らわしたら1000ドルやるよ」。
 焚き付けてみるもんです、タラは「え、ほんと?やる、やる!」と本気になってしまったのです。
 おい、おい、ちょっと待って。タラちゃん、それはまずいよ。そんなことしたらセキュリティーがきて警察呼ばれて逮捕されて、わたしが保釈金払ってあんたのことを鑑別所まで迎えにいかなくちゃいけないじゃない!?タラちゃん、ちょっと待ちぃーな!
 



 
 「いや、もっといいアイディアがあるぞ!」
 ここで弱冠21歳にしてプロ総合戦績7勝1敗のウェルター級強豪選手Aが割って入ってきた。
 「あいつのベルトを盗もう!」
 もちろん、その場にいた全員の目がピカッと光りました。
 「盗んだらさ、僕が覆面被ってそのベルトを腰に巻いた写真を掲示板に投稿するよ、『ワンマン・ギャングよ、ベルト返して欲しかったら俺と闘え!』とね。あいつをリングにひっぱりあげよーぜ!計量のときも入場のときも僕は覆面をしたままでさ、試合開始直前にリング上で覆面をとる。そしたらあいつビビるぜ!第0試合ということでやればいいんだよ」
 タラもデイブも、そしてその場にいたMFCのマッチメーカーもこのアイディアには大賛成!(←ほんとかよ、マッチメーカーさん!?)

 よし、じゃぁ、盗むぞ!ということで我々はさっそく作戦会議。
 デイブがまずワンマン・ギャングに近付き「一杯飲もう」と話しかける。しばらく飲んだら、ちょっとそのベルトをみせてくれ、と奴の腰からベルトを取る。ベルトを少しみて、いいね、とか何とか適当なことをいってデイブはそのベルトをカウンターの上に置く。次ぎにわたしがワンマン・ギャングくんを、ちょっと聞きたいことがあるからと誘い、バーカウンターから少し離れたところまで連れていく。その間にカウンターにおいてあるベルトを、タラが取って逃げる!
 よし、完璧なプランだ。もう少し奴が酔っぱらってきたら作戦実行だ!
 という事で、我々は時折ワンマン・ギャングをチェックしながら飲み続けた。
 約1時間後、細めで小柄だけど、とーってもセクシーなスパニッシュのねえちゃん二人のおっぱいを指で突っ突き始めたワンマン・ギャングくん。
 足元はどう見ても千鳥足!
 よし、機は熟した!

 まずデイブが作戦通りにワンマン・ギャングの腰からベルトを外すことに成功。
 そこでわたしが、ワンマン・ギャングに「お前どこに住んでんだよ?」と話しかけ「おまえの住んでいるエリアの情報が欲しいんだけど、ちょっと、二人だけで話したいから」と奴の肩に左手をまわし、バーカウンターから10メートルほど離れたとこにある花壇の反対側まで連れ出した。
 そしてわたしとワンマン・ギャングと入れ替わりに、満面の笑顔でタラがカウンターに近付きベルトを強奪!
 え、でもこのベルト、どこに持っていったらいいの?
 うまくベルトを手中に収めたのに、タラはベルトを片手にあっちふらふらこっちふらふら。(我々の作戦も相変わらず詰めが甘い!?)

 ワンマン・ギャングはまだ気がついていないんだから、早くバーから出るとか、とにかくベルト持ってどこかにいってくれ!とわたしが心の中で叫んでいると、それを察知したかのようにマッチメーカーがタラに駆けより「俺の部屋に隠すんだ!」
 タラとマッチメーカーはバーからエレベーターまで全力疾走!
 ここで異変に気が付いたワンマン・ギャングくんは振り返った。
 ウォァー!
 ベルトを持って走り去るタラの後ろ姿をみつけると意味不明の言葉を発し、物凄い勢いでワンマン・ギャングは走りだしたのだ!
 バーにいた選手たちはもちろん大爆笑!
 まるで興奮したさいのように走っていったワンマン・ギャングくん。でも、時すでに遅し、だった。
 タラとマッチメーカーはエレベーターにのりこむと、バイバイ。
 非情にも(?)ワンマン・ギャングくんの20メートルぐらい先で、エレベーターのドアは閉まってしまったのだ。
 



 
 がっくりと肩を落してバーに戻ってきたワンマン・ギャングくん。
 けど腹を抱えて笑い転げている強豪選手たちには何も言えない。
 そこでトボトボと我々のところに寄ってくると、タラの親友でもあるロクサンに
「あのベルト、タラは返してくれるかな?」
 真面目が服を着て歩いているようなロクサンが「タラに優しくしてあげたら、返してくれると思うわよ」と慰め口調でいうと、ワンマン・ギャングくんは蚊の鳴くような声で「そうか」と呟き、大きくため息をつくとバーカウンターにいる仲間の所まで戻っていったのだ。

 果たしてAは覆面をつけ、このベルト巻いた「謎のキャラクター」としてネットの掲示板に登場するのだろうか?
 そしてベルト奪還をかけたオチャラケ・マッチが本当に行われるのか?
 そこのところはまーったく予想がつきません。
 でもこの国の大人たちは、ほんと、いつまで経っても大人になりたくない人たちばーっかりです。それはもうどこの業界も同じみたいです。
 ただそれだけのことなのかもしれません。

(※可能性は限り無く低いと思いますが、このオチャラケ・マッチが実現しちゃったときの事を考慮して、今回の「ベルト強奪作戦」を提案した選手の名前だけは「A」とさせて頂きました!)

2006-03-07 18:51 この記事だけ表示
 
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